親御さんの転勤や、よりハイレベルな環境に身を置くこと、などを目的として、いわき地区から出て高校に通おうという生徒さんも増えてきております。大学受験では関東など他地域受験はもはや当然の選択肢ですが、高校受験でも全国のライバルに打ち勝つために外に目が向き始めてきたのも事実です。そういった皆さんをサポートしてきた講師陣の指導事例です。
學至会の実践
K君の場合 仙台高専に進学
家などの建築士になりたいという夢を持っていたK君には、建設学科のみ設置されている福島高専より建築学科のある仙台高専の方が向いていたため、仙台高専一本に的を絞って3年生の春から指導を開始しました。
学科試験に対する対策としては英語と数学、理科を中心に、5教科すべてに目を配りながら総合的な学力の底上げを目指しました。秋には成績は向上し、学力試験突破のめどが立つようになりました。(新教研テストでは、高専入試問題との問題のレベルに乖離が有り、正確な到達度
の判定は不能ですので、独自の手法で到達度判定を行いました)
そこで、推薦試験へのチャレンジを提案。仮に不合格になってしまった場合にも、推薦試験受験者には学力試験受験時に若干の加点があるという情報が有り、ダメ元でも受験しておくべきだと勧めました。推薦試験で課される面接の練習はもちろん、小論文の課題にも積極的に取り組み、作文に対する苦手意識を払拭すると同時に、国語力に磨きをかけていきました。
副産物として、自分がどれほど建築士になりたいかが認識できたことが挙げられます。小論文の学習を通じて、自分がなりたい建築士像や建築士になって何を成し遂げたいのかなどを文章化することによって、自分の夢を具体化することで、それまでやや甘えのあった態度が一変し、より積極的に学習に臨めるようになったのです。
結局推薦試験での合格は叶いませんでしたが、無事学力試験を突破して建築士への第一歩を歩み始めました。
K君の場合 山村留学制度を利用
K君は、中学1年生の時に學至会に入塾しました。私が担当になり、お父様からK君について①以前通っていた塾があったがそこでのことがトラウマになって塾通いが嫌になっていること、②学校での様子は、落ち着きがなく集中力がない、と担任の先生からいわれていること、③成績については、あまり芳しくないこと、それぞれお話がありました。
保護者の方が述べる一般的なことですから、お父様には、「これからの授業で、まずは塾に来ることに抵抗をなくし、成績を少しでも伸ばすことができれば学校での生活も落ち着いてくるはずです。それを目標に授業を進めていきます。」というご提案をして授業を始めました。
通塾に関してはほどなく解消しました。彼はいろいろなことを話してくれるようになり、塾が楽しいということを実感して3年間休むことなく通塾しました。
通塾してからの成績は、中々伸びませんでした。彼自身も「何故成績があがらないんだろう」と悩む日々が続きました。特に英語はやってもやっても伸びません。もともと英語は苦手で「英語を少しでも伸ばして欲しい。」と保護者さまからも言われていました。
英語の基礎知識の欠如が原因ですが、彼の理解速度が学校の授業の進度に追いついていかないことがわかり本来なら基礎的知識の理解から入っていきますが、彼にここでの授業で学習したことの成功体験を経験させて英語に対する苦手意識を取り除くことにしました。
そこで学校の定期テストの点数を上げることに特化してみました。幸い彼の短期的暗記力は非常に高く、定期テストでは点数が通塾前の2倍近く上がってやっとやる気がでてきました。以後、一定の点数を維持することができ次の課題であった数学も徐々に伸びてきました。
3年生になって当然いわき市内の高校を受験するだろうと思ってその準備をしている時に面談で保護者様から「彼のやりたいことができる高校を受験させたい。」というお話がありました。彼は、自然が好きでいろいろな植物に興味がありました。(特に雑草?)市内の農業高校を勧めましたが、「あまり興味がない」と言われてしまいました。
そこで目にしたのが岩手県の山村留学制度利用の受験でした。日本中の高校のこの制度を調べると結構ありました。一番自宅に近くて彼の希望に沿った高校が葛巻高校でした。
岩手県を受験することが決まってからは岩手県立高校入試過去問を取り寄せて彼が解けそうな問題を過去問から調べて類似問題を徹底的に解きました。もともと短期的暗記力はありますが、すぐに忘れてしまうことがわかっていましたので全問解かせるのではなく類似問題をたくさん解くことで本番で思い出して解けるようにしました。
また、この留学制度では面接が重要になってきます。様々な質問に対して答えられるように面接シートを作成し、何度も練習をしましたが、全て覚えようとすると忘れてしまうため、本番では似たような答えができるように練習のときは面接シート通りの答えでなくてもダメとは言いませんでした。実際面接では心配したことがおこり、全て忘れるというハプニングが起こったそうですが何とかクリアしたそうです。
彼との授業を通して、生徒一人一人の特性を生かした授業の進め方を再確認しました。他の生徒さんにとっては普通のことでもそうでない場合もあること、また受験も様々で個人の特性にあった高校を受験することが大事であること、些細なことかもしれませんが日々の授業をするときに忘れていけないことだと確認しました。
「Kは先日入学式を迎えました。」と保護者さまから連絡を頂きました。
K君の場合 國學院大学付属久我山高校に進学
K君と授業を始めたのは中2の秋からでした。そのときは地元の県立高校でサッカーをするという目標の下、推薦入試も視野に入れ、全体的な学力向上を目指した指導でした。ところが、中3の夏休み前にお父様の東京への転勤が決まり、彼も東京の高校受験を考えざるをえなくなりました。ご両親が元々東京出身で私立高校受験には前向きでしたのですぐに受験校選択に取りかかれました。
K君の実力と受験校の偏差値にはかなり開きがあってどうやって受験に間に合わせるかが課題でした。過去問を入手して対策に取りかかりましたが、私立高校の問題は地方とは傾向が違い、聞かれていることは同じなのに解答できなことが多々ありました。学校の先生とも話し合ってもらい、受験までは受験科目に絞って勉強させてもらうことにしました。理科、社会は、はっきり言って受験には関係がなかったので、落第点を取らないようにしました。
彼の得点源であった数学は難易度も高く途中で投げ出すこともしばしばありました。英語はさらに苦戦しました。見たこともないような長さの長文問題は諦めの境地でした。元々英語は苦手教科でしたから、本人いわく「もう、無理。どうせ落ちる。」の連発でした。
まず、本人が無理と感じた最大の原因は、数学、英語とも問題文の意味が理解できていない、ということでした。それを克服するためにさまざまな私立高校の入試問題の問題文が何を要求しているのかを一緒に読むことによって理解してもらいました。数学は問題文の意味がわかれば式を立てられるようになり、正答率も伸びてきました。英語は長文をいくつかに分けて読むスピードをあげていきました。英語はなかなか成果が現れずこちらも内心ドキドキでした。
最終的に本番では長文問題1つは半分くらいしかできなかったようです。入試は結果としては合格でした。この5ヶ月足らずの指導の間、K君は今までになく集中して取り組んでくれたと思います。合格圏の併願校も1校受験しましたが、そちらは不合格でした。受験は本当にわからないものだと実感しました。卒業までの間に4月からの授業についていけるように英語の予習を中心に授業は続きました。
後日談ですが、最初は最下位に近かった成績も徐々に伸びてきて最終的に内部進学に達したと連絡がありました。
T君の場合 静岡学園高校に進学
T君の通塾のきっかけは、いわき市内の私立中学の受験でした。受験まではそれほど時間はありませんでしたが、やや不安のある国語を中心に入試対策(主に過去問)を進め、無事合格した後、国語に加えて数学の指導も開始しました。
数学は学校のペースがなかなか早かったため、進度を確認しながら同じ単元の基本問題→応用問題の流れで演習を積み重ね、国語は読解力を養うために、学校の内容とは関係なく、様々な文学的文章や説明的文章をこなしていきました。
T君は内容理解そのものにそれほど不安はないものの、問題解答の際のケアレスミスが目に付きました。そういった種類のミスの解消には『問題には聞かれた形で答える』ことをどれだけ常に意識できるかがポイントでした。毎回の授業や、新教研テストで答え方のミスを指摘される経験を繰り返すうちに徐々に少なくなってきましたが、指導開始から最後までT君にとっての最大の課題だったと思います。
小学生の時からサッカーにも熱心に取り組んできたT君は、所属するクラブチームでも活躍し、高校進学を考える際にもなるべく強い高校でサッカーを続けることを希望していました。当初は市内か近県の高校への進学を考えていましたが、クラブチーム経由で静岡県のサッカー強豪校である静岡学園での練習に参加したことをきっかけに受験を決めました。
そこからは、他県の入試ということもあり難易度や出題傾向を把握するために、T君にとって最大のポイントである『問題への答え方』を意識しながら、静岡の県立校も含めた過去問演習を進めました。自分では理科と社会の基礎固めを中心にし、授業では正解すべき問題とそれ以外の問題の線引きをこちらでおこない、過去数年分の問題を解くことでT君自身、手応えを感じたまま受験に臨めたようです。。
高校卒業後は大学への進学を希望しているT君にとって、進学実績も高い静岡学園はピッタリな選択でした。






